入口と出口とのギャップ

2026年05月01日 15:25

4月が終わりました。
2026年5月1日現在の暁月塾には、7名の中学1年生が在籍されています。
え?1年生だけで7人も?!と驚きあらためて確認してみると、中学生全体では20名に達していることに気付く。
開塾当初、「中学生の人数がこのくらいになれば良いな」と思っていた規模に、2年目で到達しました。本当に幸運に恵まれています。
ご紹介やご協力、本当にありがとうございます。ご期待に応えられるよう頑張ります。

中学1年生を対象とした数学の予習と復習とは、大半の人が文字式の応用まで到達しましたが、毎年恒例の1×a=1aという間違いは今年も健在です。事前にどれだけ言及しておいても、演習量を確保しても、やっちゃう人はやる。まあ、一点集中向きではなく、少々「寝かせる」時期が必要な分野なのでしょうけど…

さて、この1a問題。なかなか厄介。
まず、一旦クセになると当分抜けない。また、1aとはしないでいられる代わりにaの係数が1だという認識が弱くて、a+3a=3aとやってしまう子もいる。aを0扱いしているわけです。こちらも、改善までに結構時間がかかります。

頻度、熱量ともに高め設定で注意するようにしているのに、どうして失敗が繰り返されるのだろうか?
そういう風につい悩んでしまいますが、12歳の子どもの注意力とはそういうものなのだろうと受け止めるようにも心がけています。
但し、完全に諦めて「時が解決するのを待つしかない」とするのは悔しいので、色々と原因と対策とを考えてはいます。

そんな中、ふと思い至ったのが、上述のタイトルのような分析。
1aってやっちゃう子は、目にした情報を感覚的に取り込んでしまう一方で、それが間違いであると指摘された際には、「どうして?」と論理的な理由を求める。そして、僕もその要求に応えようとする。
でも、感覚で誤解したことを論理的に解決しようとするのって、対応方法の質にギャップがあるのではなかろうか。
こういう仮説です。

「今の若い子は、何ごとにも理由や目的を伝えて納得させないと動かないよ。」という論調が強まっている昨今ですが、果たして、何でもかんでもそれが妥当なのか?時には、紋切り型で「とにかく覚えて」と指示する方が効果が高いケースは少なくないのではないか?
そして、こういった風潮を作ったのは今どきの若い子ではなく、今どきの大人なのではないか?
自戒も込めつつ、こういったことを考えながら1a問題に取り組んでいる日々です。

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